くまねこだん みっしょん11 「大阪八渡船を制覇せよ その1(大阪市)」

あけましておめでとうございます。今年も「徒然なるままに歩き散らしているだけだよ」をよろしくお願いいたします。

大阪八渡船完全制覇か・・・。
これまでのみっしょんでも何回か利用したことのある大阪市内の渡し船。
大阪市内には現在8か所残っているらしい。
前回の川底トンネルも、トンネルができる前は渡船が活躍していたらしい。

よし、まずは情報収集からだ。

説明しよう!
大阪市のサイトに行くと「渡船マップ」なるものが用意されており、所在地などを確認することができるぞ!

1:天保山(てんぽうざん)渡船場
2:甚兵衛(じんべえ)渡船場
3:千歳(ちとせ)渡船場
4:落合上(おちあいかみ)渡船場
5:落合下(おちあいしも)渡船場
6:千本松(せんぼんまつ)渡船場
7:船町(ふなまち)渡船場
8:木津川(きづがわ)渡船場

ふむふむ・・・現在(2020年)運行している渡船は8か所か・・・。
全部を一気にお送りするとページも長くなりそうなので今回は1~3を紹介していくとしよう。

1:天保山渡船場(安治川)
ここは港区天保山と此花区桜島を結ぶ渡船だ。
今回は港区側から渡ってみよう。

そう、みなさんご存じ日本二低い山でも有名な天保山だ。

天保山公園のすぐ北側に渡船場がある。

ちなみに天保山公園には昔の大阪が描かれた浮世絵がいくつか掲示されている。

ん?天保山ってこんなにこんもりしてたか?
確か標高4.53mだったはずじゃ・・・。
これはあれか?小さいものを大きく見せるウタマロ的な・・・。
いや、違うなそんなウソ描いたら現在のSNSばりに炎上するはず。
うーむ、しかたない。ここは説明しよう妖精に任せよう。

説明しよう!
天保山は木津川の浚渫工事の時出た土砂を積み上げた築山で、当時は20mほどの高さがあった!その工事が行われたのが「天保」年間だったため、「天保山」という名前が付けられたのだ!
時は流れ、幕末になると外国の軍艦が日本の港に現れるようになり、大阪湾にもロシアをはじめとする外国船が現れるようになった!
木津川は旧淀川であり、天皇のおられる京都までつながっているという事で、幕府は阪神間の海岸線に膨大な砲台を築いたのだが、その時天保山も削られて砲台の台場造成に使われたのだ!

なるほどねぇ。

ほほう、龍馬とお龍は天保山から新婚旅行に出かけたのか。


江戸末期のこの時期、天保山は台場として機能してたのかぁ。

そんなこんなで公園を過ぎると天保山渡船場が見えて来た。

基本的に通勤通学時以外は1時間に2本。

上を通っているのは阪神高速5号湾岸線。

渡船完了

2:甚兵衛渡船場(尻無川)
尻無川水門のすぐ下流にある渡船で、港区福崎と大正区泉尾を結んでいる。

港区弁天町駅から大阪シティバスで「福崎一丁目」まで行き、そこから徒歩5分ほど。

渡船場からは尻無川水門がよく見える。

説明しよう!
尻無川水門はアーチ型水門で、「木津川」「安治川」「尻無川」で大阪三大水門と呼ばれているぞ!
稼働時にはあの半円部分が向こう側に倒れて行って水を止めるようになるぞ!

乗降時に混雑しないように一方通行になっているようだ。

大正区側

渡船完了

3:千歳渡船場
尻無川河口、大正内港で大正区北恩加島と同区鶴町を結んでいる

北恩加島側から行ってみることにしよう。
JR・大阪メトロどっちを使っても「大正駅」より大阪シティバスで「新千歳」停留所から徒歩10分くらい。

すると千歳橋が見えてくる。

・・・橋・・・。

ん?歩行者用道路はなさそう・・・か?
うむ!ないな!
いやー残念だなぁ!歩行者用がないのなら徒歩では渡れないものなぁ!

ふむふむ渡船場はこっちか。

・・・・ん?

・・・・・・・(´・ω・`)

気を取り直して・・・

よし、渡船場に到着だ!

前に見えている高いほうの橋・・・あれは「なみはや大橋」だねぇ。
あれも渡ったなぁ・・・。
奥に見える赤い橋は阪神高速4号湾岸線の「港大橋」だ。

鶴町側

渡船完了

というわけで今回はここまで。

今回もくまねこだん(団員1名)の活躍により任務は達成された!
だがまだまだ色々なミッションが彼らを待ち受けているぞ!
行け行けぼくらのくまねこだん!
がんばれぼくらのくまねこだん!

くまねこだん みっしょん11
「大阪八渡船を制覇せよ その1(大阪市)」
Mission complete